このたびの地震で被害を受けた方々にはお見舞い申し上げる。
今のところ、身内や知り合いで直接被害に遭ったという話は聞かないけれど、長岡や十日町といったあたりは、毎回の帰省の折に必ず通り過ぎる場所なので、ぼくにとってどこか遠い町の出来事というわけではない。
亡くなった方の情報をみると、崩れた梁や塀の下敷きになったという方以外に、地震のショックで亡くなったという老人や赤ちゃんが多いのに驚く。
精神的なショックやストレスだけで死に至るということもあるのか。
ついこの前、ある本を読んでいて、こんなたとえ話が出ていた。
大雪原を馬を駆けて渡ってきた男が、一軒の家にその夜の宿を求めた。
−よく、ご無事で来られましたね。
−どういうことですか。
−あれは雪原ではなくて、大きな湖に薄い氷が張っているだけなんですよ。
男はその言葉を聞いた途端、あまりのショックに絶命したという。
最初は、この話、ちょっと出来すぎなんじゃないかなと思った。雪原だと思い込んで走ってきたところが実は湖だったからといって、いくらなんでも即死することはないんじゃないか。
が、今回のショック死の報道を見て、そういうこともあるのかなと思い直した。
もうひとつ再認識させられたのは、今の日本で、その日の食べる物にも困るという事態が簡単に起きてしまうんだということ。
道路や鉄道などの物流網が寸断されて外から物が入ってこなくなるということもあるけど、周りに野菜や米がたくさんあっても、水も電気もなければ煮炊きすることができない。だから、これは都市部だけの問題じゃないわけだ。
いったんシステムに組み込まれると、そのシステムが存在しないことを想定するのは難しい。
新幹線だって、新潟にオフィスがある会社の人は、これからしばらく大変だろう。
東京と新潟を往復している人が一日にどれくらいいるのか知らないけれど、かなりの人の流れが突然せき止められてしまったわけだ。この何千人、何万人の人の流れの変化を、何かビジネスチャンスに結びつけることはできないのだろうか。いささか不謹慎かもしれないけど、ふとそんなことも思う。
ぼくのことをいうと、黒部の実家に帰省するとき、行きは東京から上越新幹線に乗って、越後湯沢でほくほく線に乗り換え、直江津を通って黒部という経路をとるが、ここ最近、黒部からの帰りは特急で長岡まで行き、そこから上越新幹線に乗り換えるというパターンが多い。
上りの一番遅い便が、長岡経由なのだ。それだと黒部駅を夜8時過ぎに出ると、上野、東京には11時半過ぎに到着する。
今度は11月にもう一回帰ろうかなとも思っていたのだけど、とりあえず越後湯沢までは新幹線も動いているらしいし、ほくほく線も1週間程度で全線開通するというから、行きはまあいいのだけど、帰りの遅い便が使えないというのは少し困る。
先週末富山に帰っていて、今週また東京に戻ってきたというある人は、しらさぎで名古屋まで出てから東京に来たそうだ。それだと7時間くらいかかるという。といって、飛行機の予約もいっぱいらしい。
あー、もう気が重いな。
こんな話ここで書いたって仕方ないですよね。スイマセン。
まあ、でも少し聞いてください。
ここんとこ、めっきりと秋らしくなってまいりました。
朝晩など、かなり寒い。
こうなると、さあ衣替えだ、きょうは何着てこうか、という話になるわけですが、ぼくには全然着る服がないのです。
何しろ、去年作ったスーツは笑っちゃうくらいにブカブカ、おととしのでもかなり大きい。
タンスの中をひっくり返して、5年前、6年前、あるいはもっと前に作ったスーツを引っ張り出してきて、ようやく少し大きいくらいかな、というくらい。
そんな昔の洋服を取っているのは、御多分にもれず、物を捨てられない性分なのです。
ただ、サイズがよければそれでいいかというと、そうでもない。
つまりね、最近スーツを作ってもらうと、パンツの幅って細いでしょう。せいぜいワンタック。こないだデパートに行ったら、ノータックのを勧められた。
ところが、昔のスーツを引っ張り出してみて、今の目で見ると、パンツがものすごい太いのね。なんか昔の不良がはいてた学生服のズボンみたい。
また何年か経つと、スタイルもまた変わっていくのかもしれないけど、今、これをはいていくのは、ちょっと抵抗がある。
やっぱり新しいスーツを作らないと。
スーツだけじゃない、カジュアルな洋服や、靴までみんな大きくなってしまった。
おかげで、このところ、口座の残高が減っていく一方なのです。
あー、早くボーナス来ないかな。まだ2ヶ月もあるよ。
まあ、理屈ではわかっているんです。ぼくが何着ようと、どんな格好してようと、誰もそんなに見ている人なんていないってことくらい。しょせんは自己満足だ。
しかし、自分で自分に満足できないというのは、やっぱりツライことだ。
もう、今朝は何着てこう。また昨日とおんなじスーツか?それもなあ。
そんな気分でいるところに、PCのハードディスクがクラッシュしたり、いきなり部屋の蛍光灯が切れたり、ひとつひとつは些細な(というわけでもないけれど)ことが重なって、ホントに、朝からユーウツだった、今から思えば、特に先週は。
そうそう、ホークスのプレーオフ敗退というのもあった。
ダイエーの産業再生機構活用というのも、なんだか張り詰めた糸が切れたみたいで、体の力が抜けた。これも、今から思えば。
ソフトバンクが来たか。
確かに孫社長は九州にゆかりもあるし、その点ではいいのだろうけど、どうなのかな・・・。まだピンと来ない。
ホークスを買収するかどうかというのはともかくとして、新聞、雑誌の記事などから、ぼくは、ソフトバンクという会社はかなり危なっかしいビジネスをしているという印象を持っている。
そりゃあ、手許のキャッシュはあるんだろうし、保有してる株の含み益もまだあるんだろうけど、なにより毎年の赤字が巨額すぎる。
いうまでもなく、ヤフーBBのビジネスが利益を生み出す体質になっていないからだ。本業で利益が出ていないところで、資産の切り売りをしてなんとかやり繰りしているようにしか見えない。
その点では、財務内容はともかくとして、ライブドアや楽天のビジネスのほうが、まだしっかりしているようにも見える。ダイエーだって、過去の巨額の債務の利払い負担が大きいけど、利益はなんとか出しているわけなのだから。
まあ、とりあえず手許にお金があるうちに球団を買って、もし回らなくなったらどこかほかに売ってしまえという、そういうスタンスでいいんだったら、それならそれでいいと思うけど、まあ長持ちはしないだろう。
逆に、別に親会社が長持ちしなくたっていいんじゃないかという考えだってある。
日本の球団が、ほとんど母体企業の冠球団だから、球団の売り買いということがものすごく大ごとのように見えてしまう。
何号か前の週刊ベースボールのコラムで綱島理友さんが書いていたけれど、横浜ベイスターズ譲渡の際のマルハの引き際は見事だった。
今年の近鉄とオリックスの騒動を思えば、まあ若干フジサンケイグループ関係のややこしい話があったが、それ以外はウソのようにスムーズにオーナー企業の変更が行われた。
球団名から親会社の社名を外してニックネームを変えたのも、今思えば球団譲渡を徐々に準備していたみたいだ。
企業の栄枯盛衰は世の常。プロ野球にスポンサーが不可欠なら、いつか、球団の売った買ったが大ニュースにならない日が来ればいいのだろうけど。
難しいな。少なくとも、今のぼくは、親会社の存在も含めて、ホークスという球団に思い入れてしまっている。
うちに帰ってメシを食ってボケッとしていたら、妙に底冷えがする。
おかしいなと思ったら、カーテンは閉まっていたけど窓が全開になっていた。
おいおい、さっきまで外出してたのに、ずっと窓開けっ放しだったのかよ。
まあそんな感じで、どうも間が抜けているのか、2、3日前も、うっかり窓を開けたまま寝てしまった。
そのせいか、のどの具合が少しおかしい。風邪のひき始めみたいなものなのか。今のところは、のどだけなんだけどね。
土曜日は一日曇っていて寒かったけど、日曜の昼間は結構いい天気で、薄手の上着でちょうどいいくらい。
が、暗くなると一気に冷えてくるから油断できない。
今ぐらいの時期は、やはり体調を崩す人が多いのだろう。
末広亭10月中席昼の部のトリは、雷門助六師匠。登場していきなり、のどの具合がよくないと言いつつ、用意させたお茶を口に運ぶ。
1時間も1時間半も長講をする人が、噺の間にのどを潤すのにお茶を飲む。だけどアタシの場合は長講といっても12、3分だから、長講じゃなくてチョコッと、なんていうものだから、のどの具合というのもどうなのやら。
そんな能書きがあって、ネタは「目薬」。師匠はトリなのに、ホントに10分程度で一旦下がってしまう。でも演目はこれで終わりじゃない。
番組表に「寄席の踊り」とあるのを見て、どんなのだろうと今日はそれを目当てに来たんだ。
さあ、舞台には浴衣姿の春雨や雷蔵、三遊亭とん馬、江戸家まねき猫、春風亭美由紀の各師、そして着替えて出てきた助六師匠。
助六、雷蔵両師の師匠である先代の八代目助六師匠が寄席踊りを大事にしていたそうで、昨年の先代の13回忌追善に続いて、今年も師匠直伝の寄席踊りを披露するのだそう。
そういえば、今年の正月に国立演芸場に米丸師匠目当てで行ったら、中トリか何かで助六師匠が出てきて、噺の後で踊りを踊った。
正直、そういう展開になると思っていなかったし、噺家さんの踊りを見るのも多分初めてだったので(美由紀さんのは寄席で見たことあるかな)、吸い込まれるように見た記憶がある。
さて今回は、さっき書いたように大勢出てきました。寄席踊り、詳しく知らないので間違いがあるかもしれませんが、「奴さん姉さん」「深川」そして「かっぽれ」。
もともとはかっぽれはピン芸だそうですが、それを先代師匠が二人や大勢でもできるようにアレンジしたんだとか。雷蔵、とん馬両師が二人でかっぽれを踊ろうとコント風に絡む。
待ってました、助六師匠ピンの「あやつり」「かっぽれ」。師匠の見事な所作を見ていると、大げさでなく陶然としてくる。
そして最後は4人で「かっぽれ」。助六師匠が拍子木を叩きながら出てきて、おしまいという。
いやあ、お腹いっぱい。じゅうぶんに踊りを堪能した。
助六師匠、体は細いし、雷蔵さんやまねき猫さんとの絡みを見ていると、ひょっとして多少虚弱キャラも入っているのかしら。あの踊りも、さらっとやってみせているけど、絶対体力使うよね。時節柄、体だけは気をつけてください。
ともあれ、今回の昼の部は、代演が多くて戸惑った部分もあったけど、玉川スミ師匠も拝めたし、米丸師匠もお元気だし、全体に充実していてよかった。
10月20日までです。
以前から自宅のPCのハードディスクの調子が悪かったのだが、ここにきて、とうとうウンともスンとも言わなくなってしまった。
Documents and Settingsのフォルダだけは少し前にバックアップを取っておいたので、最悪の事態は免れたけれど、それでもいくつかのファイルが消えてしまって残念だし、OSやアプリケーションの再セットアップの手間を考えれば気が重い。
それにしても、ぼくはこれまでも二度ほどハードディスクのクラッシュの目にあっているのだけど、みんな、そんなもんなのかな。それともうちの部屋の環境が劣悪なのかな。あるいは単に運が悪いだけ?
そういうことがあって、マイドキュメントのフォルダの中身を確認していたら、去年ホークスが優勝したときのスポーツアイの特番を録画しておいたファイルがあったので、なんとなくしばらく見ていた。
新浦安オリエンタルホテルでの祝勝会の模様が流れる。
鏡開きの際、壇上に上がっていた人たちのうち、高塚さんも瀬戸山さんも、もういないのだ。
そして今度はダイエーの高木社長が退任することになった。
こうやって、福岡ダイエーホークスという舞台のオールスターキャストが、徐々に退場していくわけだ。
会場で鏡割りの様子を見上げている白髪の老人は、中内功ファウンダーだろうか。正面から顔が映らないのではっきりとは分からないのだけど。
むろん、選手だって、しょっぱなにインタビューを受けていた村松はあのあとFAでオリックスに行っちゃったし。しかしこの人も球団のゴタゴタから逃げられない人ですね。来季はまた人工芝の球場だけど、いいんでしょうか。
鏡開きのとき、中内正さんと高木社長が隣同士に立っているんだけど、この二人の微妙な距離感がまた興味深い。
王監督を笑顔で祝福する高木社長。ひょっとして、本心からホークスに愛着があるのかもと思う。
この舞台が同じキャストで再演されることはもうないのだ。
高木社長はよく粘った。もし7月、8月あたりの時点で機構活用が決まっていたら、ホークスはマリーンズと合併させられていたかもしれない。
今回、機構の活用に至ったことで、高木社長のダイエー本体の経営についての評価はいろいろあるだろうが、少なくとも話をホークスに限れば、ホークス球団の(とりあえずここまでの)存続と2リーグ制の維持は、高木社長の粘りに帰する部分も大きいのではないか。
銀行団と金融当局、再生機構を相手にするのは所詮勝ち目のない戦いだったろうが、ここまで粘ってくれたおかげで、2リーグ制維持へと世論が醸成する時間を与えてくれたといえる。
むろん、高木社長が機構の活用を渋っていたのはホークスのためというわけでもないだろうし、外部から計り知れない事情もあることとは思うが、まずは、高木社長お疲れさま、そしてありがとうと言いたい。
あとはもう、よくわからない。
この話題に触れぬわけにはいくまい。
プレーオフは、残念な結果だった。
それぞれの試合の内容についてぼくが論評する任でもないので、今回のプレーオフの周辺で感じたことをいくつか記す。
日曜日の夜、CSフジテレビ739のプロ野球ニュースを見ていたら、番組冒頭で司会の佐々木信也氏が、プレーオフ制度は筋が通らないので反対だ、というようなことを言っていた。
プレーオフ制度の導入が取りざたされ始めていた頃は、反対意見を唱える人も結構いた。豊田泰光氏は、週刊ベースボールの自分の連載コラムのページの柱に、プレーオフ制度反対のコメントをしつこく入れ続けていた。が、それもいつの間にか消えてしまった。
今季終盤のプレーオフ出場権をかけた三位争い、そして第一ステージの攻防を経て、マスコミの論調はプレーオフ制度導入成功ということにほぼ収斂していたように思う。
その中で、しかも第二ステージも大詰めというところで、あえてプレーオフ反対を唱える佐々木信也氏を見て、ちょっと意外な感じがした。
プレーオフ制度導入が成功だったと言う人は、結果的に試合が盛り上がったから、あるいは観客動員が伸びたから、成功したという。それでは、もし今季のプレーオフが盛り上がりに欠け、観客動員も大したことがなかったとしたら、どうか。
結果がどうあろうと、まさに筋を通すべきところは通すという佐々木信也氏の姿勢は、言論人としては評価すべきだと思う。
ぼく自身のことを言えば、結果として、今季はプレーオフ制度は導入すべきではなかった。
そりゃそうですよ。プレーオフでホークスが負けちゃったんだから。
もしホークスが勝ってれば、プレーオフ制度にしようがしまいが、別にどっちでもよかったんじゃない、ということになっていただろう。
逆に、もしホークスがレギュラーシーズンの2位や3位からプレーオフを勝ち上がって優勝したとすれば、プレーオフ制度万々歳、導入大成功、という人になっていたと思う。
まあそんなもんでしょう。ご都合主義なもんです。別にぼくは、何かの筋を通そうとか、倫理的道徳的に高潔な人になろうとかと思ってホークスを応援しているわけではない。
試合の盛り上がりという点では、ファイターズなんかは、今季から北海道に移転していきなり最後まで優勝の可能性が残ってたんだから、北海道のファンはいい目を見たと思う。
観客動員数でいうと、ホークスについては、レギュラーシーズンの福岡ドームの主催試合だって、そこそこお客さんが入っているんだから、プレーオフだろうが、それほど関係なかったんじゃないの。
いい目を見たのはライオンズでしょう。西武・日本ハム戦なんて、普段はそんなにお客さんが入るとは思えないけど、プレーオフの第一ステージは盛況だった。
第一ステージの自分のところの主催試合でお客さんをたくさん入れて、それで第二ステージで優勝を掻っ攫うんだから、おいしいとこどりだね、西武は。
そういうところが、どうも気に入らないんですが。
きのうの朝は大変な目にあったので、さすがに夜はお酒を口にしないつもりでいた。
つもりでいたんだけど、そういう日に限って、会社でいつもお世話になっている人から呼び出しがかかった。
まあ、だいたい私は、その人が来いと言えば伺うし、行くと言えばお供するんです。
それで、会社を出てから、四谷三丁目の駅の近くにある、その人が単身赴任で住んでいるマンションに行った。
要件というのは、自分の部屋で使っているプリンタから出力が止まらないということだったんだけど、どれどれとPCを見ると、プリンタのキューに出力待ちのドキュメントが延々と溜まっていて、それを消去したら出力も止まるという、まあそれだけのことだった。
要件がさっさと片付いてしまったので、部屋でビールと富山のコブジメなどをご馳走になった。
そのあと、もう少し腹の足しになるものを食おう、外におでんでも食べに行こう、ということになり、入ったことはないけどこの近くにおでん屋があるということで、連れられて行ったのが、「あさま」という居酒屋だった。
ちなみに、この店って、某居酒屋掲示板で最近名前が挙がった店ですよね。予期しない展開で私も驚いているんですが。
でもその人って、居酒屋はどこどこが名店で・・・とか、お酒は何々の吟醸が・・・とかいうスノビズムは全然なくって、基本的に酒も魚も富山が一番という富山至上主義者なんです。むろん、ぼくもそういうところはあるけどね。
だから、お酒のリストを見ても、これだけ種類が置いてあるのに、富山のお酒がないのはどうしてだ、という話になる。
まあ、限られたスペースに日本全県のお酒を置くわけにもいかないし、店のおじさんのいうには、富山県は吟醸より本醸の蔵が多いとかいうことで、いい吟醸酒を上から順に置いていったら、どうしても富山の酒は漏れてしまうっていう。
確かにそれはそのとおりかも知れないけど、富山人としてはあんまりいい気はしないね。
だったら、最初から富山の酒が置いてある店に行けってことだな。つまらないケチつけてすまん。
結局、その店でもビールだけにして、日本酒は飲まなかった。きのうがきのうだから、今日のところは許してくださいというところ。
おでんは、薄味でおいしかったですよ。
あさまのホームページ
http://www4.famille.ne.jp/~asama/
森下の山利喜に6人で行って、焼酎のボトルを3本空けた。
2本飲んだあたりで、みんなもうかなり出来上がっていたので、今思えば、最後の1本は余計だった。
それでも店を出るころにはすっかり空になっていた。
森下の交差点に出たら、ひげ面の客引きのおじさんがいて、よく分からないけどその人についていってロシア風居酒屋?みたいな店に入った。
そこでも、グルジアだかどこだかのワインやウォッカをくいくい飲んだ。
ここで6人のうち4人は帰った。
家が近いと思うとどうも行儀が悪くなるもので、もう一人、近くに単身赴任で住んでいる人を誘って錦糸町に行った。
何年かぶりに、とある良からぬ店に行こうと思って、良からぬ地帯を探したら、それらしき看板はあったけど、営業はしていないようだ。近くの客引きに聞いたら、1年近く前に店を閉めたという話だった。
しょうがないので、これも久し振りに、また別の良からぬ趣向の店に行こうと思ったら、そこも店の名前が変わっていた。ただ、サービスは同じみたいだったので、そこに入ることにした。
ビールなど飲みながらしばらく待っていたが、女の子は全然付かないし(そういう店だ)、そのうち地震は起こるしで、このまま待っていても埒があかないから、二人で示し合わせてその店は出ることにした。
それで、北口に抜けて、健全なショットバーに入って、黒ビールを飲んでダーツなどした。
ダーツを2ゲーム終わるころには、ぼくはもうかなりお酒が回ってしまって、いろんな意味で限界に達してしまった。
お付き合いしていただいた方には、お世話をかけました。
あれだけ酔っ払ったのは、どれくらいぶりだろう。
今朝はなんとか定時に会社に来たけれど、とりあえず来たというだけで、何をするにも力が入らない。
トイレの鏡に自分を映してみたら、びっくりするくらい顔色が青白くて、いつの間にこんな美白な人になってしまったのかと思った。
物陰で1時間くらい息を整えたら、ようやく体に血が通ってきたようで、いちおう今は、平常の70%くらいの状態には復旧している。
もう、大丈夫です。はい。
墨田区報を見ていたら、すみだ中小企業センターでリサイクルブック市があるというので出かけてきた。
すみだ中小企業センターの最寄り駅は、東武亀戸線の小村井駅、って言っても、どのあたりにあるんだか全然わからないですよね。ぼくもわからなかった。
地図で見ると、うちからそう遠くもなさそうだったので、自転車で出かけることにした。
往きは探しながらで20分。復りはちょっと飛ばして15分。たいした距離じゃないね。
それで、読むんだか読まないんだかわからないような本を何冊かもらってきた。
ぼくは、墨田区の石原というところに住んで、もう4年と少し経つんだけど、普段、自転車で動き回る行動範囲は、西は浅草、東は錦糸町、北は吾妻橋、南は森下というところか。
この界隈は地形ものっぺりとしているし、道も碁盤の目みたいになっているから、自転車で動くには都合がいい。
それでも、実際の距離というよりは、心理的な距離みたいなものがあって、少し前に亀戸で飲んだ話を書いたが、錦糸町から亀戸なんて、ほんの僅かの距離なんだけど、亀戸まで自転車で行くというのは、どこか少し抵抗がある。
ひとつには、どこかに行くとたいていお酒を飲んで帰ってくるので、あんまり遠いところまで行くと、酔っ払って自転車に乗るのは危ないから(というより、やっぱり道交法違反か?)、気持ちにブレーキがかかってしまうのかもしれない。
出先でお酒さえ飲まなければ、もっと遠くまで足を延ばしてもいいんだけどねえ。
墨田区というのは戦前の本所区と向島区が合併してできた区で、ぼくが住んでいる石原や、仕事場のある亀沢という町内は、昔でいうと本所区にあたる。
一方、今回出かけてきた小村井駅や中小企業センターのあたりは、向島の端っこぐらいになるのかな。あのあたりも、ちょっといい感じの街ですね。今度、もう少し暗い時間に改めて出かけてみよう。
さっき書いた、道が碁盤の目のようになっているというのは、実は本所地域のことで、向島のほうはもっとごちゃごちゃとしている。
というのも、本所のかなりの部分がもともと海だったのを埋め立ててできた地帯であり、かつ江戸時代には既に計画的に都市化されていたのに対し、向島は遅くまで田畑が残っていたということらしい。
ぼくの中の心理的な距離感というのも、そのあたりにも関係があるのかもしれない。向島の街並みや雰囲気は、このあたりとはどことなく違う感じがする。
それは、近いところにまだまだ開拓のしがいがある街があるということでもある。
不意に時間があいたので、新宿の末広亭に行ってきた。
夜の部まで少し時間があったので、近くの立ち飲みに入り、もつ焼きでビールを飲む。
この店は初めてだ。寄席がはねる時間になると、外まで客があふれているが、さすがにこの時間だと空いている。
コの字型のカウンターの向こう側で初老の男性がひとり飲んでいる。お客はぼくとその人の二人だけ。
店名も店の作りもスカしたような感じで、あんまり好きなセンスではないのだが、それでもこうしてふらっと入って気安く飲めるんだったらいいかな。
瓶ビール(クラシックラガー大)と突き出しにキャベツのサラダ。もつ焼き2本を頼んで締めて920円。
いい頃合になったので末広亭に入る。
右脇の小上がりの席(って言うんだっけ)に陣取って、前座さんの噺を聞いているうちに、上と下の目蓋がくっついてくる。
その日はなんだか朝からバタバタと駆け回っていて、多少疲れがきているところにさっきのビールが回ってきたのだろう。
また場内も空調が効いているのか効いていないのか、なんだか空気が生暖かい感じで、長袖のシャツでは暑いくらいだ。
そんなわけでずうっと意識レベルの低いまま、ぼんやりと落語を聞いていたので、演目と演者がいまひとつ繋がらないのです。失礼。
印象に残った人は、むかし家今松さん、金原亭伯楽さんというあたり。
確か、今松師匠が「うなぎや」、伯楽師匠が「近日息子」じゃなかったかなあ。逆か?
「宮戸川」を演ってたのは桂文朝さんだっけ? すいません、この辺、クエッションマークが多いですね。
あと代演で市馬さんが出てましたね。ネタはあんまり印象に残っていない。
トリの桂才賀さんは「首屋」。台東区役所で年寄りを観察してネタを拾っているというマクラから入る。
噺を聞いていて、正気いって、この人、あんまり好きなキャラクターっていうか、芸風じゃないということがわかった。どこかトゲがあるというか・・・。
才賀師匠、噺が終わって一旦引っ込むと、今度は北島三郎の「函館の女」に合わせて踊りを見せる。
東京かわら版10月号の円朝まつりの記事を見ると、ここにも「函館の女」を踊る才賀師匠の写真が。ホントにお馴染みの芸なんだ。
有楽町の東京国際フォーラムに「イノベーション・ジャパン2004」という展示会を見に行ってきた。
といっても、目当ては基調講演の大学の学長と企業の経営者によるパネルディスカッションで、展示ブースはほとんど見ていないし、難しくって見てもさっぱりわからない。
パネルディスカッションの内容にしても、今の仕事に関係なさそうでありそうで、やっぱりなかったかもしれないという程度です。
まあそれはともかく、有楽町に行くのに、秋葉原から山手線に乗った。
ドアが開いて中に入ったら、いきなり車内が臭い。
それもちょっとした臭さじゃなくて、鼻がひん曲がって、お昼に食べたものをそのまま戻しそうになるくらいに臭い。
どんなニオイかというと、体育会系の部活の人が汗をかいたあとのシャツを洗濯しないで1週間くらい放っておいたときのニオイを100万倍に濃縮発酵させたような感じだ。
ふと見ると、いかにもホームレス然とした人が座席に座っていて、明らかにその人が臭いの発生源だということがわかる。その人の周りだけ、誰も座っていないのね。
それでいて、同じ車両の他のお客さんも、みんななんとなくイヤーな顔をしつつも、その人に対して特に何か言ったり、あからさまに席を動いたりするわけでもなく、黙っておとなしくしている。
こういう臭い人は、どうなんでしょうね。
やっぱり、ちゃんと料金を払ってキップを買ったら、JRとしても乗車を断ることはできないんだろうか。それとも、今は自動改札だから、その人が臭いということ自体、駅員もわかっていなかったのか。
あまり臭くて公衆衛生上明らかに問題がある場合は、乗車後でも車掌が、
「お客さん、臭いですよ」
と注意するとか。
あるいは乗客が一致団結して、
「君、臭いじゃないか。降りたまえ」(なんで壮士風なんだろう)
と注意するとか。
もし、ラッシュアワーなんかにこの人が乗ってきたら大変ですよ。電車じゅうが大パニックじゃないですか、きっと。
まあ、確かにこの人の臭さは尋常じゃなかったけど、どれくらい臭ければ例えば乗車を拒否できるとか、そういう規準を作るのも難しそうですな。この程度だったら許すとか、こっから先はもう認められないとか。
ホームレスとかじゃなくても、秋葉原でいかにもオタク然とした人が乗ってきて、隣に座られた日には汗臭くってイヤーな感じのときがありますな。
あと、女性の化粧とかおじさんの香水なんかで、これは常軌を逸してるだろ、というくらいニオイがキツイこともありますな。
そういう人がエレベーターに乗ったりすると、本人が降りた後でもいつもまでも残り香が漂っているのね。
そんな自分だって、夏とか汗ばむときは汗臭いこともあるだろうし。
それに、酔っ払って駅のホームや、学生時代には都バスの中で戻したことだってあるし。あの時はきっと臭かったんだろうなー。同乗のお客さん、今さらながら大変失礼しました。
しっかし、有楽町のホームの空気があんなにおいしいとは思わなかった。
すいません、今日はこんな話で。
お食事中なんかで気を悪くした人がいたらゴメンナサイ。