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April 28, 2006

商売と演技

学校を出て最初に勤めた職場で、ぼくの上司になったのが、まあ、これがなんともアクの強い、クセのある女性であった。もう10何年も前のことだ。
この人も、今にして思えば、今のぼくと同じくらいの年だったのではないか。
そう考えてみると、また少し違った思いが沸いてこなくもないが、少なくとも当時、その人とぼくは、ソリが合わないというのか、なんというのか、まず、一緒に仕事をしていて、楽しいとか気が休まるとか、そんなことは一切なかった。

ごく主観的ないい方を許してもらえれば・・・まあ、イヤな人だった。
さあ、周りからは、どんなふうに見られていたことか。
かく言うぼくも、世間からみれば、結構クセのあるタイプだろうとは思う。
が、この人のアクの強さは、とにかく群を抜いていた。
まず、外見からしてそうだ。
今になってみると、当時、あの人が好きこのんで着ていた洋服のような、あんなスタイルの女性も、結構、街で見かけるようになった。
しかし、10数年前に、ああいう格好の人は、どれほどいたか。・・・しかも、職場でですよ。
今だって、当時のあの人くらいの年齢で、ああいう趣味の人は、そんなにはいないだろうと思う。
ぼくも、年をとって多少はスレてきているから、すぐに怒る人、キレる人、過剰に外見で自己主張する人、そんな人は、えてして気が小さく、心が弱い。そんなことも、だんだん分かってきた。
が、当時のぼくは、そこまで冷静になって、一歩引いて見るほどの余裕もなく、毎日を過ごしていたというのが、正直なところだ。

さて、その人のことで、今でも印象に残っていることがある。
ぼくが、一緒に仕事をするようになって程なくのこと。
当時のぼくは、なんやかやのことで、その人とぶつかって、ヒステリックに責めたてられることがしばしばだったのだが、そんなとき、あるお客から電話がかかってきた。
すると、電話に出たその人は、受話器を取るやいなや、ぼくに対していたときとは、口調から何から、まるっきり一変させて、下町の商売人然の慇懃さで(実際に何か商売人の子だったらしいが)、気持ち悪いほどの愛想をふりまきながら、その客と話しはじめた。
それは、横で見ていて、ほお、と感心するくらい、見事な変わりぶりだった。
と同時に、じゃあ、普段のぼくに対する態度はいったい何なのかと、いっそうこの人のことをいぶかしく思うようにもなった。
まあ、その頃は、まだまだぼくも世間ズレしていなかったということなのだろう。
今のぼくなら、机の上に足でも乗せながら、受話器の向こう側に愛想をふりまいたり、お詫びの言葉を連ねたり、そんなことはいくらでもできる。
・・・と思うのだが、どうかな。やはり電話の相手には、見透かされているものなのだろうか。
ともあれ、学生時代のぼくは、ほとんどバイトもしなかったし、客商売の経験などまったくないといってよかった。
だから余計に、学校を出たばかりのぼくは、いざ客を相手にしたときのその人の豹変ぶりに違和感をおぼえ、奇異にも感じたのだろうと思う。
その2につづく)

投稿者 hiraking : 07:27 AM | コメント (0)

April 25, 2006

マンドラゴラの降る沼から

土曜の日経の夕刊を読んでいたら、最終面の文化欄に、天王洲のアートスフィアが3月で閉館したという記事が出ていた。
そうかそうかそうだったのか。しばらく天王洲に行っていなかったから知らなかった。
というか、ぼくが天王洲に足を運ぶのは、もっぱら毎年春のシティボーイズライブを見に行くときくらいだったのだけど。
それも、去年は結局行かなかった。閉館するっていうんだったら行っとけばよかったか。
そうかそうか、そういうこともあって、今年のシティボーイズライブは、池上本門寺なんていうところでやることになったのか。

最初、公演のDMを見て、なんであんなところでやるんだろうと思っていた。
東京に出てきて10何年も経つが、あのへん、全然土地鑑がない。
地図を見ると、池上本門寺に行くには、蒲田駅から歩くのはキツイのか・・・。やはり池上線に乗り換えて、池上で降りるのか。
話は飛ぶが、蒲田、池上とくると、小沢昭一さんである。
小沢さんは戦前の蒲田で少年時代を過ごした。小沢さんの実家である小沢写真館は蒲田駅から程近くにあった。
随筆だったか「昭一的こころ」の文庫本で読んだか忘れたけど、池上本門寺もまた、小沢昭一少年の遊び場だったという。去年、Webで小沢さんのことを検索していて、偶然、6月に小沢さんが本門寺でお話会をやるという情報を見つけた。行きたかったけど、平日の夕方だったので断念した。
さて、小沢さんといえば、ご存知「小沢昭一の小沢昭一的こころ」だけど、シティボーイズの大竹さんもラジオ番組をやっているらしい。
文化放送の「大竹まこと 少年ラジオ」。
が、その番組、ぼくは一回も聞いたことがない。
だいたい、この部屋はAMが全然入らなくてね。AMラジオを聞こうと思うと、ポケットラジオを外に持ち出すか。ま、そこまでして聞こうということもないしね。
某掲示板から得た情報によると、ちょうど先週の土曜日、なんとその「少年ラジオ」に、小沢昭一さんがゲスト出演していたらしい。
私的には結構すごい組み合わせだ。なにしろ、私の新旧大好物が一同に会するわけだから。なんだか、どっちが新でどっちが旧だか、よくわからないけど。
ま、それでも聞き逃してしまった。正直、忘れてました。起きてたんだから、聞いててもよかったんだが・・・。

前置きが長くなった。その池上本門寺に、シティボーイズミックスPRESENTS「マンドラゴラの降る沼」を見に行ってきた。
これも結論から先に言うと、かなりよかった。
何より、構成がよくできていると思った。
このへんの話、あんまり詳しく書くと、もしかしてこれから始まる名古屋や大阪の公演を見る予定の人たちが、何かの間違いでこの文章を読まないとも限らないですから、詳しく書くのはやめましょうかね。まあ、そんな人はいないですか。もしいたら即刻画面を閉じるように。
毎回シティボーイズライブは、いくつかのコントのオムニバス形式で時間をつないでいくけれど、必ずしもそれぞれのコントがまったく無関係ということはなく、何かしら、公演全体に流れるテーマというか、シチュエーションが設定されていることが多い。
今回の場合、崖の上からものすごい勢いで足を踏み外してしまったハイカーたちのシチュエーションがひとつ。
さらに、もうひとつある。9年前に起こったという一家殺人事件に関するシチュエーションもそうだろう。
この一家殺人事件のシチュエーションには、ある劇中劇が含まれているのだけど、と言っても、最初のコントでは、その存在について語られるだけの、いわば不在の劇中劇だ。その劇中劇が、忘れていた頃に不意に現前する。ここでそう来るか。
また、崖を踏み外したハイカーたち。最後の一瞬の中の永遠、という状況それ自体もいいのだけど、その状況をうまく使って、最後の最後に、その日のコントが次々とフラッシュバックする。これには唸った。
同時に、これは銀粉蝶という人の存在が大きい。それぞれのコントの中では、クセのある脇役というくらいの感じだったのに、結果的に、この人が、バラバラな個々のコントを、ひとつに繋ぎとめることになる。例えるなら・・・「家政婦は見た!」の市原悦子みたいなものかな(違うかな)。 
また、この人は芝居がうまいなあと思う。いとうさんには悪いけど、最初のほうの殺人事件の聞き込みの場面で、夫婦役で二人が絡んだとき、正直そう思った。これに対して、斉木さんなどは、銀粉蝶さんの前では、あえてわざとヘタに芝居をしているように見える(多分そうなのだろう)。
改めてスタッフのクレジットを見ると、演出:細川徹、構成:いとうせいこう、となっている。こうした全体の構成は、やっぱりいとうさんが主に考えたのかな。
そういえば、いとうさんはシティボーイズライブに6年ぶりの参加だって。そんなになるのか。かなり驚き。
なんだか構成のことばかり書いてしまったけど、個々のコントやギャグもよかった。その両者がうまくあいまって、いわば「パスタにソースがよくからまっている」みたいな状態といえばよいか。
結論。今回の公演、私的にはかなり満足度が高かった。会場が駅から遠いとか階段がキツイとかは言うまい。パンフレットの1,800円は高いとかも言うまい。言ってしまってるけど。

池上本門寺公式サイト
http://www.honmonji.or.jp

大竹まこと 少年ラジオ
http://www.joqr.co.jp/shounen/

マンドラゴラの降る沼
http://www.honmonji.or.jp/05topic/05event/mandoragoras/
mandoragoras.html

April 24, 2006

ロダンとカリエールとエロ

上野の西洋美術館に「ロダンとカリエール」展を見に行ってきた。
ま、タダ券をもらったからですが・・・。
西洋美術館はかなり久しぶり。
先に全体の感想をいうと、実は結構よかった。感動しました。
これは、ぼくがこの展覧会についてまったく予習せずに出かけたのが、結果的によかったのかもしれない。ロダンについては通り一遍のことしか知らないし、カリエールという画家については、その名前さえ知らなかった。てゆうか、うちに帰って手持ちの西洋美術史の本を見たけど、全然名前が出てないよ。

でも逆に、今回の展示では、そのカリエールという人を回路にして、ロダンについてより深く知ることができたように思う。
フランスの象徴主義の絵画って、よく知らない。詩とかでは言うんですかね・・・。サンボリズム。だけど、ぼくはフラ語もできないし。
本当は、文学とか、ほかの分野との関係の中から見えてくるところがあるんだろうと思うけど。
絵画と彫刻という、この二つの間の関係もそうかな?
まあ、もう少し19世紀の象徴主義の芸術について勉強してみるか。
今回の展示は、このようなお勉強的な部分でも示唆的だったけど、本当はもっと、直感的なところでヤラレた。もっと正直にいうと、官能的なところでイカレた。
階段を降りて、最初の展示室の真ん中に置いてあった、ロダンのブロンズの作品「イリス」。
いやー、これはエロだ。あのポーズ、あのディティール。
しがみついて、ふるいついて、合体したいと思った。
本当にスゴイ部分、何かの本質だけが切り出されて、むき出しのまま、目の前に置かれているいるような・・・。そんな迫力、力強さ。
でも芸術なんだ。でも猥褻。だからいいじゃない、芸術が猥褻でも。猥褻が芸術でも。そういう気分。
きっとロダンって人、エロいですよね・・・。
「イリス」だけではない。あの女性の足の形、体の角度。膝を折って、足の指先が、地面に触れる瞬間。その触感が・・・。ああダメだ。
ロダンのデッサンもいい。例えば、最後のほうの展示室にあった「カンボジア女性の手の素描」。
この手の形、指先の流れ。褐色の、半透明の水彩が、不意に凝縮して・・・。
これを見ているだけで、もうダメだ。どうにかなってしまいそうだ。極端な話。
てゆうか、見ている俺がエロなのか。そうなのか。まあいい。そうだとしても、そうやって触発させる力がある。
それに比べると、カリエールのほうは、やっぱり最後の展示室に、女性の体を描いた作品がいくつかあったけど、ロダンに比べると、おつきあいでエロもやってみました、という感じで、官能度は、低いと思った。
カリエールは、リトグラフがよかった。
油彩画も、ほとんど淡彩かと思うような、暗い、黄土色の画面に、周りの空気の中に溶け出していくような色彩。あるいは、空気の中から、ようようと現れる姿。そのあわいが、判然としない。
これは、電灯のない世界ではないかと思った。例えば、暗闇にランプがひとつ灯された部屋。そのなかに浮かび上がる人の姿。
少なくとも「近代的」ではないな、と思う。前近代的?さりとて、そんな古い時代の作品ではないのだ。それを思うと、むしろ、反近代的、というべきなのか。
その、カリエールの油彩画の中の、溶け入りそうな、光のほのかな遷移が、リトグラフのモノクロームの世界では、抽出されて、いっそう際立つように思った。ある意味、わかりやすくなるのか・・・。
例えば、ロダン彫刻展のポスターに使われたという「彫刻をするロダン」。
彫刻家が手を動かすと、実体のないところから、精気のようなものが、ひとつの流れとなって立ち上がり、気がつくと、それが人体の形をなしている。
そんな、一連の時間の流れまでが、この一枚のリトグラフの中に封じ込められている、そんな思いがした。

国立西洋美術館
http://www.nmwa.go.jp/index-j.html

「ロダンとカリエール」展
http://www.mainichi.co.jp/event/rodin/

投稿者 hiraking : 10:55 PM | コメント (2)

April 05, 2006

東京−ベルリン往還

もう4月かよ。
って、先月も「もう3月かよ」って書き始めようと思って、そのままズルズルとタイミングを逸してしまったような気がする。
森美術館に「東京−ベルリン/ベルリン−東京展」というのを見に行ってきた。
これはまだ会期があるし、あと1、2回は見に行くことにするから、細かい話は後にして、ざっと印象を覚え書きしておく。
展示室に入って、最初はどういうポイントで見ればよいのかよくわからなかった。

こちらがブリュッケだのブラウエ・ライターだのといったドイツ表現主義の美術についてろくろく知らないせいもあるのだろうけど、どういう趣旨でこの作品がここに展示してあるんだろう、なんてことを思いながら作品を見ていた。
が、そうやって戸惑いながら足を進めているうちに、だんだん面白くなってきた。
例えば、ある作品は、作家名も忘れたけど、なんとなく日本趣味+未来派の合体みたいな感じが。そこから妄想がふくらんで、もし、例えばデュシャンの「階段を降りる裸体」の女性がゲイシャ姿だったりしたら面白いなあなどと考えていた。
木版画の部屋もよかった。 そうか雑誌のグラフィックとつがなっていたんだ。
誰か知らない女が、「なつかしいやん。小学校のときにやったわ」(関西弁なのだ)などと、連れの男に大声で話しかけている。まあでも木版画って、そういう基底の記憶をさますようなところがあるのかも知れない。巧拙は別にして、図工の授業で誰でも絶対一度はさせられるし。銅版画は図工ではやらない。
さらに時代が進むと、MAVOとか主観主義写真とか、バウハウスとかの展示。こうなると、頭の中がドイツと日本とを行ったり来たりしながら見ているような感覚になる。

投稿者 hiraking : 08:36 PM | コメント (0)

April 01, 2006

引き続き墨堤から

おでんで一杯やるかなあ
投稿者 yhiraki : 05:48 PM | コメント (0)

墨堤から

桜が咲きましたなあ
投稿者 yhiraki : 05:17 PM | コメント (0)