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July 31, 2005

北品川から

KRUG×KUMA

July 30, 2005

屋上から

花火大会
投稿者 yhiraki : 08:04 PM | コメント (0)

July 25, 2005

小沢昭一的文庫本

ozawabook2.jpg

eBOOKOFFに小沢さんの旧著が出ていたので買った。
ちなみに全部絶版本。
これで新潮文庫の「小沢昭一的こころ」シリーズで手に入っていないのは「泣け!お父さん 小沢昭一的こころ」だけになった。

投稿者 hiraking : 11:23 PM | コメント (0)

四ツ谷駅から

乗り換え待ち
投稿者 yhiraki : 09:10 PM | コメント (0)

July 24, 2005

高田馬場から

ま、結局鳥やすで飲むんだよな

茗荷谷から

不動産屋を覗きこむ子供、と思ったら人形
投稿者 yhiraki : 01:15 PM | コメント (0)

July 19, 2005

ジョナサンから

オッサンが二人並んでパフェを食べている。どこか違う星の生き物だろうか

July 18, 2005

墨田区石原から

勉強するのも飽きちゃってもう飲んでるんですが

July 17, 2005

モスから

そろそろお勉強にも飽きたよ

今日このごろ

ここにきて目に見えるように更新頻度が落ちているわけですが。
すいません。来週の日曜日が放送大学の単位認定試験なもので、かなり切羽詰っている今日このごろなわけです。
本当はもっと、浮いた話とか色っぽい話とかできればいいんですがね。
だから、この三連休なんて、天からの恵みみたいなもんで、ずっとお勉強です。
近所のジョナサンかモスかベッカーズに行けば、どっちかにはいますよ。多分。
そうじゃなければルネサンスで自転車を漕いでいる。
両国界隈にいない場合は、茗荷谷の文京学習センターで、放送授業のビデオを見ているか。ただ、明日がセンター休みなんで、困った。

朝から晩まで勉強していると、さすがに気が滅入るので、気分転換に、夜は軽く飲んでから寝ることにしている。
ゆうべ、前からちょっと気になっていたショットバーに、えいやっ、と入ってみた。
錦糸町南口から少し離れたところにある店だ。
時間は10時半前。客はほかに誰もいない。
雰囲気は悪くない感じなのだが、この時間で、この曜日で、客が誰も来ないというのは、いかんせん、どうなのか。
誰かひとり入ってきたな、と思ったら、店のスタッフ然とした感じだし。
マスターの言うには、だいたい毎日2時くらいまでは外のネオンをつけていて、4時には店を閉めるという。
12時過ぎる時間じゃないと、客も来ないのだろうか。
最近めっきり朝が早くなった私には、1時、2時まで飲むのはどうも。
そんなわけで、今夜もどこか、知らない店を探してみようかなー。
の前に、勉強だ。の前に、自転車でも漕いでこよう。

投稿者 hiraking : 05:12 PM | コメント (0)

July 14, 2005

花はどこへ行った

あえて露悪的にいうこともないのだが、女の子が隣について一緒に酒を飲む店、要するにキャバクラやパブの類には、いっとき、さんざん授業料を払わされた。
一番ハマっていたのは、もう5年程前か。今から思っても、本当に狂ったように通っていた。
当時勤めていた会社には、同世代の遊び好きな連中が周囲にたくさんいたし、たまたま手元に小金があったせいもある。
ぼくが行ける程度の店だから、値段もたかが知れているのだが、それでも週に何度も、いそいそと出かけるようになると、さすがにかなりの出費になる。
当時だって、自分でもこのハマリ方はおかしいだろ、と思いつつ通っていたのだ。そこには、周りに対する妙な自己演出の気分もあったのだろう。
前の会社を辞めてからは、まるで憑き物が落ちたみたいに、そういった類の店に行くことは、まあ、なくなった。
言ってみれば、現役引退というか、退役軍人といおうか、そんなような気分ですか。

ある人たちと飲んでいて、最初はいつもの居酒屋で、三人で飲んでいたのが、年長の人が帰るというので、ぼくと、ぼくよりいくつか若い男と二人になり、じゃあ、まだ時間も早いし、この近くでもう一軒行こうか、ということになった。
最初の店で結構飲み食いしたので、今度はショットバーみたいなところがいい。
が、正直、この近辺は不案内なので、店は彼に任せて、最近出来たビルの中にある、アイリッシュパブのようなところに入った。
駅の反対側には、本当に久しぶりに来たのだが、さほど遠くない記憶の中のランドスケープとは全然違う光景が広がっていて、なんだか、気持ちにまとまりのつかないまま、窓の外の景色を見ていた。
ビールを1パイント飲んでいるうちに、どういう雲行きだか、話柄が、例の女の子のいるようなお店のことになってきた。
その相手が、まあ、ごく真面目な男で、その類の店には行ったことがないというのですよ。おそらく、本当なのだろう。
そういう柄じゃないのにな、と思いつつ、一般的なシステムやサービスの内容などを説明しているうちに、隔靴掻痒といいいましょうか、なんだか、だんだん、じれったくなってきた。
だったら、まだ時間も浅いし、ちょっと行ってみようじゃないですか。
といっても、このあたりで知っている店でもあればいいんだけど、全然この辺は不案内で。
それで結局、当時ぼくがイカレていたあたり、高田馬場のさかえ通りまで彼を連れ出すことにした。バカですね。
さかえ通りに着いて思ったこと。あれ、客引きがいない。前だったら、こんな格好で歩いた日には、あちこちから客引きの声がかかったものなのに。
客引きって、うざったいこともあるけれど、やりとりを楽しむようなところもあって、いなきゃいないで寂しいものです。
いぶかしく思いつつ、通りの奥にどんどん入っていくと、ようやくそこで、客引きがひとり、なれなれしく付きまとってきた。知らない名前の店だが、値段を聞くとやたら安い。
が、まあ、ぼくも退役軍人の身分だし、知らないところに不慣れな人を連れて入るのは、さすがに、はばかられた。
昔から営業している、ある店の前に、地味に店員が立っていたので、そこに入ることにした。1時間1人5千円。そんなものでしょう。
隣についた女の子に、客引きがいないね、と聞くと、今年の4月から石原都知事が客引きを禁止したんだって。
あとで調べると、そういう条例が施行されていたらしい。ふーん、知らなかった。
むろん、1時間は何事もなく過ぎた。
ともあれ、いつどこに行っても、何かしらの勉強にはなるものです。
例えば、歌舞伎町を視察した小泉首相、風俗店の看板を見ながら、新宿区の女性区長に対して、
「ヘルスってのは、いったい何ですか」
とか何とか質問したらしいというお噂もありますが、あんまり世事に疎くなるのもどうかということですな。
私も、先日来の小沢昭一マイブーム以来、おスケベ方面も、心を入れ替えてもう一度、というつもりも、多少は、あるのですよ。
いつの間にか、だんだん口調が変わってきておりますが、この続きは、また明日のこころだァー!(続きません)

都の「客引き禁止」条例、1日施行・ビルオーナー摘発も(NIKKEI NET)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20050401AT1G3102531032005.html
こういうことだったんですな。

投稿者 hiraking : 12:55 AM | コメント (0)

July 10, 2005

キラキラ橘商店街から

投稿者 yhiraki : 03:14 PM | コメント (0) | 墨田通信

July 06, 2005

こんな夢を見た

こんな夢を見た。

ひょっとすると池袋演芸場ではないかと思うが、街を歩いていたら、寄席囃子が耳に入ってきたので、ふと見ると、小沢昭一が、今度はこちらの寄席に出演しているようだ。
しかも、こちらでは小沢さんが定席の主任だ。そのうえ、この日は誰かの代演で小沢さんが2席やるという。それも落語をするらしい。

ビルの外からは分からなかったのだが、中に入ると、やはりものすごい行列ができている(演芸場の入口は建物の奥にあるようだ)。
先客や係員らしい女性に聞くと、この行列に今から並んだのでは、到底小沢さんの出番に間に合わないらしい。
まあ仕方がないか。末広亭にさえあれだけの行列ができていたんだ。2席も落語をするというのなら、それどころじゃないだろう。急にふらっとやってきて、すぐに中に入れるわけもない。
あきらめかけていると、突然、上空に軽飛行機が飛んできて(建物の中にいると思っていたら、いつの間にか屋根が空いているフロアに出ていた)、そこからパラシュートをつけた男が飛び降りた。
なんとなく、その男のことをミュージシャンらしいな、と思っていると、並んでいる客の誰かから、あれは小坂忠だ、という声が上がり、周囲が騒然となる。
そのうちに、誰かが頭の上で手拍子を叩きながら、「ほうろう」を歌いだした。
それにつられて、あちこちで歌声が上がる。ぼくも声を張り上げて歌った。その歌声が、だんだんまとまりつつあるようで、なかなかひとつにならなくて、もどかしい。
次第にパラシュートの人影が大きくなってきて、ついに、行列ができている広場の真ん中に降り立った。
黒尽くめの衣装を着たその男性は、なんだ、小坂忠ではなくて、誰か知らない、売り出し中の若いロックミュージシャンのようだった。
何かの宣伝だったのか、そそくさと通りすぎる背中に、その歌手の名前と、アルバムのタイトルらしい文字が書いてあるのが見えた。

もう一回寝るか。

投稿者 hiraking : 06:28 AM | コメント (0)

July 04, 2005

小沢昭一的末廣亭ふたたび その3

書きかけだった末広亭のご報告を続けることにします。
「ニュース速報」ということで、きょうの宝塚記念の結果を報告し出した小沢さん。
その日の宝塚記念は、断然人気のタップダンスシチーがなんと7着、11番人気の伏兵スイープトウショウが優勝という波乱の結果。もし三連単で買っていれば大もうけ。
競馬好きの小沢さん、この話を言いたくてたまらなかったんでしょう。
ところがワタシは、小沢さんと違って競馬は全くわからないの。

上に書いた、どの馬が何着という結果も、翌日の日経を引っ張り出して書き写している次第でありまして、もちろん小沢さんは、ちゃんと馬の名前を挙げて説明されてたんですが、申し訳ないけど、ぼくの頭の中は素通りです。
どうやら、これはぼくだけのことじゃなかったみたいで、この日、小沢さんがいくら宝塚記念の結果を熱く語っても、お客はあんまり食いついてこないの。
反応薄の客席の様子を見て取った小沢さん、しぶしぶ競馬の話題は引っ込めました。
いよいよ本題に入るわけですが、その日、小沢さんの前の出演は、入船亭扇遊師匠でした。
戦前の寄席に、亭号は違うけど、同じ扇遊という名前で、立花家扇遊という人がいたという。
噺家ではありません。いわゆる色物の芸人さんです。
寄席の番組表には、「尺八 扇遊」と書いてあったそうですが、もちろん、すぐそこの歌舞伎町でよくある尺八ではありません。
この扇遊さんという人、高座に上がると、無言のまま尺八を取り出し、おもむろに磨き始める。つまり、尺八を吹くのではなく、拭くわけですな。
外側だけじゃなくて、管の内側まで、細い柄の付いたブラシのような道具で掃除する。
これでもかというくらいに丹念に磨き終わって、ようやくここで演奏が始まるのかな、と思うと、今度はもう一本、別の尺八を取り出して、また同じように丁寧に磨き始める。
その所作がどうにもおかしかったのだという。
それで、結局、最後まで尺八は吹かないのね。それでいて「尺八 扇遊」。
この扇遊さんという人については、前に紹介した「小沢昭一とめぐる寄席の世界」に収録されている立川談志師との対談でもちょこっと触れられている。
というか、小沢さんの別のエッセイでも、この人について読んだ記憶があるのだけど、どういうわけだか、いくら探してもその文章が見つからなくて困った。
ともあれ、若き日の小沢さんに強烈な印象を与えた芸人さんであることには間違いない。
小沢さんの語りは、空襲警報下の銀座の金春という寄席で、一度だけ扇遊さんの尺八の音を聞いた思い出、そして東京大空襲の後、奥さんと手を取り合って倒れる扇遊さんの遺体が見つかったという話へと続く。
最後に小沢さんは、そのとき金春で聞いたという軍歌「戦友」をハーモニカで演奏して、お時間という次第。
ちょっと、ほろ苦い昔語りだったか。
ちなみに、小沢さんの次は紙切りの林家正楽さんの出番だったんですが、最初黙ってハサミを拭いてました(拭き終わると、会場から「もう一本!」の声あり)。
ついでにトリの柳家小三治師匠も扇子を拭いてました。

投稿者 hiraking : 07:30 PM | コメント (0) | ブログ演芸