明治村に行ったついでに愛知万博を見てきた。
って、どっちがついでだかよく分かりませんが。
愛知万博はこれで二度目だったんですが、前回は滞在時間も短かったし、団体の引率のような立場だったので、自分の好き勝手に動き回るわけにもいかず、若干フラストレーションが溜まっていたのですよ。
あとからニュースを見ると、この日は入場者数が開幕以来一番多かったらしいんですが、まあ、それはそれ。最初っから、みんなが行きたがるようなパビリオンに行こうなんてつもりは全然ないですから。
ぼくのアンチョコはこの本。

「万博ぴあ 外国館とグルメ」
このガイドブックを片手に、人気の企業パビリオンゾーンなどには目もくれず、ひたすらグローバル・コモンを右往左往。食欲と肝臓の限界に挑戦すべく、真夏のような炎天下、ひたすら外国館の飲食ブースをチェックしておりました。
以下、当日ぼくが飲み食いしたものを写真でご報告します(飲食順)。








説明は後ほど。
訃報に接して、いろいろ思うところもあるのだが。
ホークスが福岡ダイエーとして初めてパ・リーグ優勝、そして日本一になったのは1999年だったけれど、それ以前のぼくは、ダイエーグループの事業にはあまり関心がなかった。
当時のダイエーグループは、ハワイのショッピングセンターの売却やローソン株の放出など、既に撤退戦を強いられつつあった。
一方でホークスは、常勝球団への足場を固め始めた時期。何かとドタバタもありながらシーズン毎に強くなるホークスと、斜陽のダイエー本体とのコントラストが、最初はヤジウマ的に面白く、そのうちにだんだん本気になっていった。
経営者としての中内功氏も、その頃にはすでに、往時の凄みを失っていたのかも知れない。今のぼくには、評伝で聞くような辣腕のワンマン経営者としての姿よりも、ホークスの勝利に目を細める好々爺という印象しかない。
そもそも、ぼくはダイエーや系列のスーパーで買い物をしたこと自体、ほとんどなかった。富山にもダイエー系列の店舗はないではなかったけど、関西圏や首都圏ほどの存在感はなかったと思う。
かすかな記憶に頼って書くのだが、昔、富山市の中央通りにあったスーパーのタイヨー。この店が、いっとき経営困難に陥って、ダイエーの資本が入ったか何かで、例のオレンジのマークを付けていたことを覚えている。といっても、富山市民でないぼくは、ひやかしに覗いてみた程度かな。タイヨーのあったところは、今はどうなっているのか。あのあたりも、もう何年も行っていない。
あとは、やはり富山市内にあったダイエープラザというショッピングセンター。ここは、実際に行ってみたことさえない。まあ、車じゃないと行けない場所ではあるけど。
今はもう、どちらの店舗もない。ふと、兵どもが夢の跡、という言葉が頭に浮かぶ。もっとも、こんな風景は全国いたるところにあるのだろう。それに、ダイエーの撤退戦はまだ終わったわけではない。
今年前半の、例のライブドアによるニッポン放送買収騒動のとき、堀江社長が、
「失敗しても命までは取られない。失敗してもゼロになるだけでマイナスにはならない。成功すれば無限大。チャレンジしなければ損」
そんなことを言っていたのが印象的だった。
ある意味、中内功さんは、この言葉を地で行った人なのかなあと思う。堀江さんもそうだが、創業社長、オーナー社長だから言える言葉、達する境地なのか。
むろん、会社というのは創業者だけのものではないのであって、従業員とか、他のステークホルダーからすれば、いい迷惑だけどね。
でも、もし、その人に心酔して、その人に賭けて、とことん付いていくことができたら、仮に最後にゼロになったとしても、それも人生じゃないですか。
まあ、今のぼくはというと、会社と人生、分けて考えてますが。
中内功さんが創設した流通科学大学の同窓会のサイトで見つけた、中内さんの言葉。
http://www.yuho-kai.com/from.htm
毎週更新されるこのページを、実はぼく、ひそかに楽しみにしておりました。
もう更新されることはないのか。
今回は、歌舞伎について考えてみようというつもりです。
いま思えば、あれだけ時間があったはずの学生時代に、一度も歌舞伎の公演を見なかったというのが、ぼくの心残りで、割合どこにでも物怖じせず出かけてしまうほうなんですが、そんなぼくでも、いまだに歌舞伎座には行ったことがない。シロートには、歌舞伎はどうも敷居が高い。
敷居だけじゃなくて、値段もかなり高い。例えば、歌舞伎座のホームページで9月興行の情報を見てみると、1等席が14,700円、2等席で10,500円もする。この値段では、ぼくみたいなシロートが気軽に行こうという気にはならないなあ。
むろん、すべてのチケットが高いわけではなくて、実は歌舞伎座も3階になると、ずっと安い席もある。A席4,200円、B席2,520円。このくらいの値段なら、学生時代のぼくにも手が届くか。まあ、それでも行ったことがないというのが、歌舞伎の敷居の高さなんでしょう。
それに、学生時代のぼくは、歌舞伎だけじゃなくて、演劇自体をあまり見ていなかった。まあ、芝居でもお笑いの要素の強いものはいくつか見ていたけれど・・・。
そんなこんなで、歌舞伎と縁遠いまま10数年。それでも、いずれはちゃんと見ておかないとなあ、という思いは常に頭の中にあって、いわば、小さな負債を抱えたままのような中途半端な気分がいつまでも続いているのだけど、こういう人は、案外多いんじゃないかと思う。
それが、ここ数年、積極的に落語を聞くようになってから、歌舞伎について、また違う見方をするようになった。というのは、例えば登場人物が芝居好きだったり、芝居の一場面を引用していたりという噺が結構あって、もし歌舞伎を知っていれば、この噺の面白さがもっとよく分かるんだろうなあと残念に思うことがしばしばあるのだ。
能書きが長くなってしまったが、ただいま江戸東京博物館で公演中の「第18回江戸博歌舞伎・歌舞伎フォーラム公演」というのを見に行ってきた。
こちらのほうは、歌舞伎座と比べて値段はぐんと安い。当日の昼に電話しておいたら、2,200円で見れましたから(BプログラムA席前売りの学生料金)。それでいて前から4、5列目の花道のすぐ脇の席なんだから。まあ、演目も上演時間も全然違うし、単純に比較はできないけど。
値段が安いのは分かったが、敷居のほうは高いか低いか。この江戸博歌舞伎、確か、毎年二回公演があるらしいんだけど、ぼくも両国近辺に住んで、もう5年余り。それなのに、今まで一度も見に行ったことがありませんでした。やはり歌舞伎の敷居は高いのか。
いや、それよりも、江戸博自体あんまり行ったことないですからね。近くにあると、いつでも行けるやと思っているから、なかなか腰が上がらない。そのうちに見逃してしまう。そんなパターンが多いわけですが、今回は、思い切って出かけてまいりました。ぼくにとって、初めてのナマ歌舞伎ということになります。
第18回江戸博歌舞伎・歌舞伎フォーラム公演
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/event/2005/kabuki/kabuki.html
新宿末広亭の9月上席昼の部に行ってきた。
末広亭は6月に小沢昭一さんが出演してたとき以来。あのときの客の入りには本当に驚いたけど、さあ今回はどうか。
1時半少し前に末広亭に入ると、1階の椅子席はほぼ満員。両側の桟敷席も後ろのほうに2、3人ほど座れる場所があるかなという程度で、後から来た客をどんどん2階に上げている。
まだ早い時間かなと思っていたら、結構入っているじゃないの。いやー、油断できませんね。
今日の出演者、むろん、世間に名前が売れている人もいないではないのだが、といって、失礼ながらマスコミ的に旬なわけでもなく、また笑点のレギュラー陣が出るわけでもない。落語ブームというのは本物なんだろうか。
ざっと見て、客層自体は以前とそう変わっていないようにも思うのだが。例えば、例の「タイガー&ドラゴン」の影響で若い女の子が押し寄せているとか、そんなことは、もちろんない。だって、長瀬や岡田本人が寄席に出ているわけじゃないし。噺家さんたちが突然いい男ばっかりになったわけじゃないし(断じて)。
逆にいえば、特定の客層だけが突出するのではなく、従来の客層がまんべんなく増えているのだとしたら、それこそ、落語「ブーム」などではなく、本当の人気だということになるのかも知れないけど。
ということで、最初は1階の桟敷席の後ろのほうで、あとから来る連れを待ってから、1時半を幾分回ったあたりで2階に上がった。その時点で、すでに2階席も半分程度は埋まっていたんじゃなかったか。最前列の一番右端のあたりに陣取る。
ぼくが中に入ると、高座には古今亭寿輔師。いつもの派手な衣装だが、入口のほうが気になって、申し訳ないけど噺の中身は覚えていない。
2階に上がって、北見マキさんの代演、若倉健さん。実はこの人初めて見た。歌謡モノマネ。人選は裕次郎、小林旭、演歌系など、古め。
続いて三笑亭可楽師。あれ、番組表と順番違うぞ。まくらで後に出てくる御大二人をリハビリに寄席に出ている等とからかったりしつつ、大学出の落語家の話もしてたっけ?ネタは、内臓屋とでもいうのか。ちょっと「犬の目玉」みたいだが、移植用にいろんな有名人の内臓を取り揃えているというお店。五臓六腑についてのウンチクもありつつ。小泉さんと岡田さんの心臓(だったかな?)、どっちにするか決めかねている客に、いつ決まるんだと聞くと、9月11日というオチ。時事ネタに持ってくるか。
その次に笑福亭鶴光師。どういうわけかこの二人の順番が入れ替わっている。ネタは「紀州」。御三家の説明で脱線しては戻り、八代目といえば、と脱線しては戻る。ほんのちり紙やがな、と言って、本当にちり紙をねじこむのは人間としてやってはいけないこと。そこかしこでしっかりウケている。でもちゃんと本筋に戻ってくる。
玉川スミ師。ぼくらの席が二階の右隅、エアコンがウンウン唸っている隣というせいもあるのだが、声が小さくて何を言ってるのか聞き取れない。特に最初のあたり。明治一代女の山手線駅名読み込みになって、ようやく耳が慣れてきたのか、だんだん聞こえてくる。それでもよく分からないけどね。やはり芸能生活80周年だか85周年だかの話はするのか。でも、そうやって説明してくれないと、ありがたさも伝わりにくいい。
桂米丸師。待ってました!なのだが、やはり声が聞こえない。聞こえないなりに精一杯集中して耳を澄まして聞いていると、今年の初めに心臓を手術してたんだって?知らなかった。全身麻酔、看護師の話などで笑わすが、明らかに弱々しく、少し切なくなる。ネタは生前の星新一に許可をもらって落語にしたという「宇宙戦争」。当然、先ごろまで上映されていた映画への言及もある。さすがにこういう感覚は、若いなと思う。初めて聞いたのだが、最後は急にストンと落ちた感じで、え、と思った。聞き取りづらいせいもあるのか。

お仲入り、ではなく終演後
中入り後は、神田紅さんから。オッペケペー節で知られる川上音二郎と貞奴が出会ってヨーロッパに発つあたりまで。紅さんも博多出身だというから音二郎の博多弁はいいですね。でもオッペケペーは聞いてて少しはずかしい。なぜだか。選挙ネタを入れた自作のオッペケペーもやっていたが、やはりはずかしい。
桂小文治師は「酢豆腐」。春雨や雷蔵師「権助提灯」。
このあたりから、大喜利に向けて噺をコンパクトにまとめているか。
すいません、小文治師も雷蔵師も感想書いてないですが、両師とも違和感なく、するっと体に入ってきて、遠くても明晰に聞こえていたということです。
江戸家まねき猫さんの代演は、春風亭美由紀さん。この人好きなんだ。代演でウレシイ。両国中学出身だって知りませんでした。寺尾は安田学園か。ふーん。欲をいえば、ちょっと踊ってほしかったけど。多少短めだったし。まあでも、この後がこの後ですから。
トリは雷門助六師。といっても、長講ではなく、チョコッと、というやつです。女の尻につける薬ね。助六師もまだ中堅なの?
さて、なぜ助六師がチョコッとかというと、トリのあとに、まだもうひとつあるからです。そう、お待ちかねの住吉踊り。
住吉踊りというと、毎年8月に落語協会が浅草演芸ホールでやっているらしいけど、そっちのほうは、実は見たことありません。というのは昼の部じゃ平日は行けないし、土日になると、お盆休みで帰省している時期に重なってね。だからというわけじゃないけれど、9月の末広亭で住吉踊りを見るのは、ぼくは去年に続いて二度目。
メンバーは、助六師、雷蔵師、小文治師、紅さんに、昼の部の高座には出ていないけれど、夜の部出演の桂右団治師。女性ですよ。それから、この人は、昼にも夜にも出ていないのだけど、やはり女性で、北見・・・さん。もともと奇術の人ということで、舞台で紹介されてたけど、名前が聞き取れなかったのですよ。今はどこの協会にも属していないということだけど。この人、去年も出られてたのかなあ。でも、かなりキーになっている人ですね。
ぼくはときどき寄席に足を運ぶようになって、もちろん取っ付きは落語からだったんだけど、だんだんと寄席踊りに惹かれているのです。来年はもっと、予習してから来ようと心に誓った。
あと、助六師のソロの踊りも見たかったなあ。前に見た「あやつり」とか。和製ムーンウォーク。初めて見たときは、大げさでなく、幻惑かつ圧倒されましたよ。
この日は千秋楽ということで、最後は客席も一緒に、「健康が元気でありますように」三本締め。
少し早いけど、夏の終わりを締めたという感じ。こういうのもいいなあ。来年も千秋楽に来られるだろうか。
探したら、こんな記事があった。
住吉踊り…夏の風物詩志ん朝が復活(YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/stage/trad/20050727et01.htm
失礼ながら名前がわからなかった北見・・・さんというのは、ひょっとしてこの人だろうか。
住吉踊り 北見寿代師匠インタビュー
http://homepage3.nifty.com/kejokoku/wagei/sumiyoshi/sumiyoshi1.htm

ちょっと前に出てたCDだけど、買っちゃった。
紀伊国屋の2階のミュージックテイト(あれ?テイトムセンじゃなかった?)には、ちゃんと小沢昭一コーナーがあるんだ。さっすがー!
タイトル曲の「明治村から」は、ご存知愛知県犬山市の博物館明治村の村歌だって。
いかにも明治、という感じの哀感漂う曲調だけど、正直いうと、ちょっと「いかにも」が過ぎるかなあという気もしました。
併せて収録されている明治時代の流行歌はいいねえ。曲がもともと持っている哀感と小沢さんによって吹き込まれた今の空気とのバランスが絶妙だ。
メドレーの合間の小沢さんの語りも楽しい。
探したら、こんなニュースリリースが出てましたよ。レコーディング中の小沢さんの写真もあります。
博物館明治村 小沢昭一村長が歌う明治村オリジナル曲「明治村から」を来年2月にCD 発売
http://www.meitetsu.co.jp/news/pdf/041119.pdf
ここでいう「来年2月」って、今年の2月のことですから、念のため。
そういや森美術館で思い出したのだが、森タワーの52階に直行するエレベーター。
あれに乗っていると、もうすぐ到着というところで、
「下かご乗降中です」
というアナウンスが流れるのだが、つい最近まで、ぼくはずっと、このアナウンスを
「下か、ご乗降中です」
と言っているのだと思い込んでいて、なんだか意味がわからないなあ、どういうことなんだろ、と森美術館に出かけるたびに、エレベーターの中でぼんやりと考えていたのだ。
先日も、このエレベーターに乗っていて、例のアナウンスが流れたとき、ドアの上についているモニターに、日本語と併せて英文で、
「The lower car is now in service」
と表示されているのが目に入った。
The lower car?下のほうの車?これがどうして、「下か、ご乗降中」という意味になるんだ?と数秒間悩み、その挙句にようやく、いま自分が乗っているエレベーターの箱型の部分を「かご」と言うのであり、さらにそれを英語では「car」と言うのだということに思いが至った。
要するに、「下か、ご乗降中」ではなく、「下かご、乗降中」だったのだ。
このことに気づいたの、ほんとうに、ついこないだのことです。
世間の人たちは、こんなカン違いをしたりしないのかな?と、今しがたgoogleで「下かご乗降中です」と検索してみると、このことに触れているとおぼしきblogや日記がいくつかヒットしますよ。やっぱり同志はいるのだ。
が、そういう人たちの書き込みの日付を見ると、皆さん、もっと早いうちにこのカン違いに気づかれたりしているようで、私は改めてヘコんだりするのですよ。はい。
もう少しだけ中国展の話をする。
漢文化の展示の次は、「南北の交流 躍進する北方遊牧民」と題して、主に北魏時代の資料をまとめた展示に移る。前回も書いたように、西晋のあと、中国の北部地域には遊牧民族による王朝が次々に建つのだ。
この展示室の入口に掲げたパネルに、こんなことが書いてある。
「モンゴル高原に遊牧して暮らす彼等の戦力が、農耕の漢民族に比べ強力であった理由は、ひとえに馬上から弓を射る騎射の技術にあった。墓から鞍などの馬具や完全装備した陶馬などが出土し、実態が知れる」
が、ざっと展示を見てから、改めてこの解説文を読んで、ちょっと違和感がないでもなかった。
というのは、この部屋には、馬に乗った人をかたどった俑がいくつ展示されていたけれど、馬上の彼らの多くは、弓矢を携えているのではなく、楽器を手に音楽を奏でているのだ。
騎射の技術に長けていたという割には、音楽を演奏している俑や、西域から来た雑技団が曲芸を披露している俑ばかりが印象的で、肝腎の弓や武器を携えた兵士の姿が目に付かない。
当時、馬と日々の生活を共にしていた北方の遊牧民族が、農耕生活を行っていた漢民族に比べて、馬上から弓を射る技術に優れていたのは事実なのだろう。
が、そのことをもって、漢民族は文明化されて優れていて、北方民族は野蛮で劣っている、というような中華思想的なバイアスが、解説文のあちこちから、ほのかに感じられないでもないなあという、穿った見方をしてしまっていたのですよ、私は。
まあ、考えすぎかな。
中国展の話の続き。
というところで、いきなり前回の内容を訂正します。
縄文時代と弥生時代の境目をBC4〜5世紀としていたのは、展示室内に掲示してあった年表ではなく、今回の図録に掲載されていた年表のほうだった。展示室の年表には秦の成立あたりからしか書いてないから、いずれにせよ弥生時代の始期は図示されようがない。どうしてこういう記憶違いをしたものか。失礼しました。
さて、今回こんな中国展を見て、つい先日は縄文VS弥生展を見てきたばかりなものだから、なんだか急に東アジアの古代史に興味が湧いてきてしまった。
中国で後漢が滅び、三国鼎立して西晋から東晋、北方民族がやってきて南北朝時代、隋、そして唐の成立にいたる流れ。高校時代に世界史で中国の歴代王朝名、無理矢理覚えさせられましたけどね、こうして実際の文物を目の前にして歴史をたどっていくと、興趣はつきない。また最近は、うちに帰ってWikipediaなんかで調べると、各王朝の盛衰がものすごく細かく掲載されているんだ。それだけ古代史マニアが多いんだろうねえ。
話は変わるが、先日の縄文VS弥生展で、弥生時代の銅剣や銅矛の復元複製が展示されていたのだが、銅製の剣や矛の本体だけじゃなく、それらに柄や飾り房などを取り付けた形で展示されていた。
だいたい、歴史の教科書に載っている銅剣や銅矛といえば、青く錆び付いたのが並んでいるばかりで、それだけ見ていても、実際にどんなふうに使っていたかイメージ湧かないじゃないですか。
ところが、あかがね色に光る剣や矛に柄がついていて、またその横にムラ同士の戦闘場面のジオラマ模型などがあったりすると、そうか、こんなふうに握って、刺して、あるいは振り回して使ったんだなとわかる。少し大げさに言うと、先日の縄文VS弥生展以降、ぼくのなかの銅剣や銅矛のイメージが、土の中に埋もれた静的なものから、血や汗にまみれた生々しいものに変わってしまった。
銅剣や銅矛というのは、どんなふうに使ってたか、なんとなく分かりますね。剣だったら持ち手を握って使う。矛なら長い棒の先につけて槍みたいにする。銅戈(どうか)ってわかります?柄に直角につけて敵を刺すらしい。縄文VS弥生展で展示されていた復元複製を見て、そうか、こういう形の武器なんだと初めて知った。
中国展の話に戻るけど、前回の話でも触れた、銅製の騎馬隊の俑(車馬儀仗俑群)。騎馬武士が馬上でさまざまな武器を捧げ持っているなかに、その戈を持っているのが何騎もあるんだ。
弥生人のルーツを大陸からやってきた騎馬民族とする説があるけど、その真偽はともかく、こんな騎馬隊が銅製の武器をたずさえて、縄文時代の日本に大挙してやってきたのかなというイメージは湧く。後漢の将軍の墓からの出土品だというから、年代的には合わないけどね・・・。
中国・美の十字路展(森美術館)
http://mori.art.museum/contents/china/index.html
縄文VS弥生(国立科学博物館)
http://www.kahaku.go.jp/jomonvsyayoi/index.html
森美術館の「中国・美の十字路展」+「フォロー・ミー!」展を見てきました。
相変わらず会期末ギリギリにならないと腰が重い次第なんですが・・・。まあ、夏は暑いしねえ。
現代美術の印象がつよい森美術館で、こういう古代中国の文物の展示をやるというのは意外だったんですけど、結構見ごたえあって、少なくとも愛知万博の中国館のスカスカっぷり(私の主観)よりは全然充実していたぞ。
それから展示室を出ると館内のあちこちで中国グッズの即売や篆刻の実演販売などをやってたのは、いかにも中国展らしくて、むしろ微笑ましいくらい。
今回の展示の対象となっているのは、時代的には中国の後漢(AD25〜220)から盛唐(8C)の時代。美の十字路、というタイトルからもわかるように、当時の西方や北方の諸民族との関係を示す資料が数多く出展されている。
資料の多くは、ま、いってみれば当時の人の墓からの掘り出し物ですな。副葬物っていうの?亡くなった人の遺品や装飾品、おまじないのための人形(俑。墓に入れてたっていうから埴輪みたいなものかな)などが中心です。あと、大理石でできた石棺をほぼ丸ごと持ってきているのも眼を引いたぞ。
それから仏像。中国に仏教が伝来して広まっていく時期というのも、今回の展示が扱っている時代に合わさるわけです。
さて、最初の展示室には、中国後漢時代の資料が展示されている。
後漢って、年表を見ると、日本は弥生時代ですよ。こないだ「縄文VS弥生」展を見てきたばかりだけど、いやあ、同時代の中国はやっぱり進んでるのね。
銅でできた騎馬の隊列の俑もスゴイし、細やかな金細工にも眼を見張る。牛型のランプは、よくよく見ると全身に銀の象嵌がしてある。そして璧。そっか、これが「完璧」の「璧」なのね。
それに、どれも、ホントに二千年近い前のモノかと思うくらい保存状態がいい。
「縄文VS弥生」で見た弥生時代の遺跡からの出土品、あれもよく保存されていて、当時の人々の生活が彷彿としましたが、あっちが民具だとしたら、こっちは工芸品ていうくらいのレベルの違いがありますな。同時代なのに。
ちょっと気になったのは、今回の会場内で展示してある年表では、日本の弥生時代の始期が紀元前4、5世紀くらいとなっているんだけど、「縄文VS弥生」展の年表では紀元前10世紀から弥生時代が始まったことになってるんだよねえ。
例の年代測定の精度向上で、従来考えられてたより500年ほど弥生時代の始まりが早いってことになったから。今回の中国展、日本の考古学の最新の研究成果を取り入れていませんよ。それとも、この年代変更って、まだ定説になっていないってこと?
まあ、後漢時代以降の展示だったら、あんまり関係ないのかな?でも、「同時代」っていうイメージが微妙に違ってくるしね。関係者はちゃんとするように。
ということで、このお話は続く(たぶん)。